酔いどれスポーツ狂の日々雑感

サッカー、お酒を中心に思いつくままに綴ります。

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夏目漱石 それから 106年ぶりの新聞連載が終了

先日9/7(月)、朝日新聞に連載されていた小説『それから』が終了しました。
106年ぶりの再連載だったそうです。



20150907
■ それから
夏目漱石
1909年に朝日新聞に連載。
2015/4/1~9/7に106年ぶりの再連載。



朝日新聞では昨年の『こころ』、『三四郎』に続く再連載シリーズ第三作目。
夏目漱石 前期三部作『三四郎』、『それから』、『門』の二作目にあたる今作。



『それから』というタイトル。
前作『三四郎』のその後を彷彿とさせるが、物語に直接の繋がりはない。
一言でいえば、恋愛小説。
それも1909年当時の世相、感覚に照らせば不倫恋愛ともいえる内容。
(主人公の男女二人が精神的に結びついたという意味で)



率直な感想は・・・なんだかなあ  です。
なんていうか心に沁みない、感じない、現実感がない。
これが純文学というものなのでしょうか?



主人公の長井代助は、30歳独身、東京帝大卒、裕福な家庭の次男。
実家から離れた一軒家で生計は独立しているが、仕事を持たず、
読書等をして日々を過ごしている。
月一回実家へ行き、実業家の父や長兄から生活費をもらい生活している。
これが『高等遊民』というのだそうです。



あほらしくて笑ってしまいます。
現代でいえば完全にニートです。
世の中すべてに対して斜に構え、頭でっかちで理屈屋。
何一つ満足に実践できず、机上の空論や理想論ばかり。
馬鹿じゃないからなおさらタチが悪い。



仕事もやらず出来ず、公務員や教授でもなく一体何をしたいのか?
しかも当時の30歳といえば、現代では40歳くらいの感覚では?
いい年をして理想論ばかりを言っても、実践が伴わなければ信頼されません。
私の一番嫌いなタイプの人間。




漱石自身も東京帝大出身のエリート。
知識人層の感覚と庶民層の感覚とのズレがわからないと思われる。
106年前に漱石を読むような層は、上流階級、支配階級、知識人階級と
自負している人々だろう。
やたらと難しい言い回し、言葉遣いからも何となく上から目線を感じる。



友人平岡の妻、三千代との恋愛描写も薄い、つまらない、説得力がない。
すべては、主人公代助の人物設定の魅力のなさから来ると思われる。



唯一印象に残ったのは、小説の文章から匂いや色や音、温度が感じられること。
白百合の香り、雨の描写、汗の表現、着物の柄や素材等々・・・
これらの詳細かつ生き生きとした表現力は、とても美しい文章だと思います。
物語の最終盤、代助の目に見えるもの全てが赤色に染まる表現は、
精神錯乱を表すのか、それとも未来の破綻を暗示するのか・・・



今後、9月下旬から三部作の最終作『門』が再連載されるようなので、
じっくり読んで感じてみたいです。

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